2016年12月29日

I have モモマオ〜PPAPの美しすぎる「起承転結」について

 
今日のなぞなぞ
「PPAPは”美しすぎる”起承転結で構成されている?」


(※ モモとマオはうちの愛犬です。母と息子)


2-マオベストdone
「I have マオ!」


kinuta
「I have 鬼!」


んんっ!


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「マオ鬼!」




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「I have モモ!」


usagi.jpg
「I have ウサギ!」


んんっ!


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「モモウサギ!」




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「マオ鬼〜!」


DSC_0897.JPG
「モモウサギ〜!」



んんっ!



_1500097done.jpg
「コツメカワウソ(学名:Amblonyx cinereus)!」



えっ。えっ。何が起こったの?
合成獣!?





☆★☆





……というわけで^^;
ピコ太郎ファンのみなさまこんばんは。

今日は以前の記事(『エンタテインメントの作り方』を読んでびっくりした話でお話した「起承転結」について、
ピコ太郎さんのヒット曲を題材に考えてみましょ♪
 というエントリです。


ピコ太郎さんは、日本のアーティスト・芸人。
底ぬけAIR-LINEというお笑いコンビの、古坂和仁(古坂大魔王)さんのソロユニットです。
2016年後半、「PPAP(ペンパイナッポーアッポーペン)」という曲が海外でも話題になり、世界じゅうで大ヒットしました。


……って説明しなくてもみんな知ってるかな。
底ぬけAIR-LINE、私もけっこう好きだったんだけど、
あ〜どもっ、ってヤツ
まさかこんなカタチでブレイクするとは思いませんでした。




んでだ。
「PPAP」のどのへんが”美しい起承転結”を成しているのか。
ますは、この図をみてほしい。


あ。ちなみに、以前の記事(解禁! SeesaaブログでJASRAC(ジャスラック)管理楽曲の歌詞掲載が可能に♪)でお知らせしたとおり、Seesaaブログではジャスラック管理の楽曲の歌詞をまるごと引用できます。
PPAPもジャスラック。
なので、今回もまるっと引用します。


ではでは。
この図をみてほしい。



PPAP.jpg


ペンだよね(起)
りんごだよね(承)
ええ、ぶっ刺すの!?(転)
あぽーぺん! なるほど。(結)



……と、1番はまさに見たまんまの起承転結だ。
この歌が美しいのは、


1番の起承転結が
大きな<起>となって、物語がつづいていく
こと。
おなじように、2番をみていくと……。



ペンだよね(起)
パイナップルだよね(承)
そうそう、ぶっ刺すんだよね(転)
ぱいなぽーぺん! だよね。(結)


ここまでが大きな<承>。
この<承>は、3番の出だしで<転>へとひっくり返る。



あぽーぺん(起) え? 終わったんじゃなかったの?
ぱいなぽーぺん(承) え、どうすんの? <転>
ちょ、またぶっ刺すの!?(転)
ぺんぱいなぽーあぽーぺん!(結) そっか! たしかにたしかにPPAPだわ!!<結>




こんな感じで、「起承転結の入れ子構造」になっているわけです。
部分が全体に相似する、フラクタルな構成をなしている。
アンモナイトや雪の結晶といっしょ。


起承転結の黄金比だ!


PPAPのヒットのからくりは、
起承転結と黄金比にあった
んですねぇ。
(ほんとかな(笑))


そんなこんなで。
「PPAPに学ぶ、美しすぎる起承転結」論でした。



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「ノーリスク・ハイリターンの投資は"読書"♪」



……今日は本の話ぜんぜんしてないけど^^;


あきか(@akika_a


【関連記事】

『エンタテインメントの作り方』を読んでびっくりした話
解禁! SeesaaブログでJASRAC(ジャスラック)管理楽曲の歌詞掲載が可能に♪
カテゴリ:音楽



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2016年12月12日

【私的メモ】事実より勘違いの方が広まりやすいという実例「地球温暖化をめぐる10の誤解」

 
今日のなぞなぞ
「地球温暖化で誤解されている10項目は?」


AN Inconvenient Truth: The Crisis of Global Warming
Al Gore
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地球温暖化をめぐる話題でよく引用されている「地球温暖化をめぐるありがちな10の誤解」。
元ネタは、↑アル・ゴア氏の『An Inconvenient Truth(不都合な真実)』という本です。
映画版がとても有名ですね。

アル・ゴア氏は、地球温暖化についての啓蒙活動でノーベル平和賞を受賞した、元アメリカ副大統領。

今日はこの10項目をシェアします。
主に自分用メモ。

ちなみに『An Inconvenient Truth』の日本語版は↓この2冊。



この2冊、内容はほとんど重なっているのですが、
本のサイズとレイアウトがちょっと違う。

『〜ECO入門編』のほうがコンパクトで、私は好きかな。


↓引用は『不都合な真実 ECO入門編 地球温暖化の危機』より。

地球温暖化をめぐる
ありがちな10の誤解


誤解その1
「人間が地球の気候変動を引き起こしているのかどうかに関して、
科学者の意見は一致していない」


誤解その2
「気候に影響を与える可能性のあるものはたくさんある。
だから、二酸化炭素だけを取り出して心配すべき理由はない」


誤解その3
「気候とは、時の経過とともに自然に移り変わるものだ。だから、
私たちが今見ている変化はどれも、自然の周期の一環にすぎない」


誤解その4
「オゾン層の穴が地球の温暖化をもたらしているのだ」

誤解その5
「温暖化について、自分たちにできることはない。すでに手遅れだ」

誤解その6
「南極の氷床は大きくなりつつある。だから、温暖化のせいで氷河
や海氷が溶けているというのは、本当のはずがない」


誤解その7
「地球温暖化はよいことだ。なぜなら、寒さの厳しい冬がなくなる
し、植物の生長も早くなるから」


誤解その8
「科学者が記録している温暖化とは、単にヒートアイランドの影響
であって、温室効果ガスには何ら関係がない」

誤解その9
「温暖化の原因は、20世紀初めにシベリアに衝突したいん石である」

誤解その10
「気温が上がっていない場所がある。だから、温暖化なんて嘘ッぱ
ちである」



本書はもちろん、これらがどうして誤解なのかしっかり解説しています。


なるほど、そうだったのか〜と思うのだけど。
一方で。
科学的な言説ってなかなか自分で裏を取ることができないじゃん。

原発のこともそうなんだけど、個人のリテラシー(情報を読み解く能力)では限界がある。
けっきょく、
専門家のいうことを鵜呑みにするか、あるいは何を信じるかという選択の問題になってしまう。

で。
”専門家のいうこと”が本当に正しいのかどうか疑問や不安を感じた人々は
「温暖化なんてウソ」説を無視することができなかったり、ときには賛辞を送ってしまう……という構造。


☆★☆



本書には面白いデータがあります。


(ランダムにピックした、928本の温暖化に関する論文のなかで……)
温暖化の原因を疑う論文の割合 0%

(一般向けの新聞に掲載された、3543本の温暖化に関する記事のなかで……)
温暖化の原因を疑う記事の割合 53%



科学者と一般の人の態度はここまで違う。


専門家でない私達は「温暖化なんてウソ」説を無視することができない。
だって、よくわかんないから。



でもね。
べつにさ。
地球にやさしいライフスタイルを選んでも損はしないじゃんね。

家にレジ袋があふれてぐちゃぐちゃになるよりは、
エコバックを持ち歩いたほうがスマートだし。


以前の記事(節電ブームという「病」――”エコ格差”時代の幕開け)でもお話ししましたが、

罪悪感でも義務感からでもなくて。
ただ自分のライフスタイルのために、地球にやさしいほうを選択する。

私はそんなスタンスです♪


というわけで、本書に載っている
「私にできる10の事」もシェアしますね。


↓引用は『不都合な真実 ECO入門編 地球温暖化の危機』より。

私にできる10の事(ten things to do)

省エネルギー型の電化製品や電球に交換しましょう。
Change a light

停車中は、エンジンを切り、エコ・ドライブしましょう。
Turn off engine

リサイクル製品を積極的に、利用しましょう。
Recycle More

タイヤの空気圧をチェックしましょう。
車の燃費基準を上げれば、無駄なエネルギー消費を防げます。

Check your tires

こまめに蛇口をしめましょう。
水道の送水に使用されるエネルギーを削減することができます。

Use less water

過剰包装、レジ袋を断りましょう。
買い物は、このリサイクル・エコ・バッグを使いましょう。

Avoid products with a lot of packaging

エアコンの設定温度を変えて、
冷暖房のエネルギー削減をしましょう。

Adjust your thermostat

たくさんの木を植えましょう。1本の木は、
その育成中に1t以上の二酸化炭素を吸収することが出来ます。

Plant a tree

環境問題について、もっと学びましょう。
そして、学んだ知識を行動に移しましょう。
子供たちは、地球をこわさないで、と両親に言いましょう。

Be a part of the solution

『不都合な真実』を見て(または読んで)
地球の危機について知り、友に勧めましょう。

Encourage your friends to see or read ANInconvenient Truth




ノーリスク・ハイリターンの投資は"読書"♪


あきか(@akika_a


【関連記事】

節電ブームという「病」――”エコ格差”時代の幕開け
節電ブーム、みんなの視点は?――朝日新聞社(WEBRONZA)からリンクをいただきました
「フェイクニュース」にだまされないための小説3冊と新書2冊
タグ:私的メモ



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posted by akika at 21:32| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム・レポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月13日

(ドラマ版デスノ)なぜ月は三流大学で、ミサは地下アイドルなのか

 
今日のなぞなぞ
「ドラマ版デスノート。なぜ月(ライト)は三流大学に通い、ミサは地下アイドルなのか?」



DEATH NOTE(デスノート)ファンのあなたへ。こんばんは。
ドラマ、観てますか〜?


7月から、名作漫画『DEATH NOTE』の実写ドラマがはじまりました。

今日は、ドラマ版デスノートを観ながら、
「いまの時代の空気感」について一緒に考えてみましょというお話です。

ドラマをチェックしていない方も、原作を知らないあなたでも
(おそらく)とまどいなく読める記事になっておりますので、「時代の空気」を感じてみたいあなた、
ぜひおつきあいください♪


(もくじ)
・この月はすぐに捕まりそう
・やたらと「庶民的」なドラマ版
・ゼロ年代とテン年代
・ファッション誌「VERY」の方向転換
・この月は死なない? 〜消極的選択としての「連帯」〜




 この月はすぐに捕まりそう

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「DEATH NOTE」はゼロ年代(2000年代)に週刊少年ジャンプに連載されていたサスペンス漫画。
アニメ化・映画化・舞台化され、
2015年7月からは日本テレビで実写ドラマが放送開始となりました。
私のいちばん好きな漫画です♪


名前を書くだけで人を殺せる「死のノート」を拾ってしまった夜神月(やがみらいと)
彼はよりよい世界をつくるため、犯罪者や悪人を”裁いて”ゆく。

どこかに悪人を裁く神がいる。
正義の神の存在を世間が「キラ」と名指しはじめたころ、
謎の名探偵L(エル)が日本警察に接触し……。

捕まえてみろ! 殺してみろ!
月とLの頭脳戦、心理戦が緊張感をともなって展開
されてゆく。


「デスノ」はそんな物語です。
本格サスペンスであり、本格ミステリでもある。
めちゃめちゃオススメ
な漫画なのですが、

原作を読んだひとはみんな、そこに
「天才同士のハイレベルな戦い」を読みこんで興奮したはず。
高度な推理、裏の裏までを読みあう生死を賭けたゲーム……。


ところが。
ドラマ版の月は、なんだか頼りない。

「この月はすぐに捕まっちゃいそうだな〜」というのが初回を観た私の感想でした。
なにも個人的な印象で言っているわけではなくて。
ドラマ版「デスノート」は、あきらかに意図的に、月のグレードを落としています。


 やたらと「庶民的」なドラマ版


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原作の月は裕福な家庭のおぼっちゃん。
成績優秀スポーツ万能で、たいして勉強しなくても最難関国立大学にトップ合格できる頭脳の持ち主でした。

一方、ドラマ版の月はというと。

「杉並経済大学」に通う、ふつうの大学生です。
これは架空の大学ですが、一流大学をほうふつとさせる学校名でもないし、
月の学力レベルもそんなに高そうじゃない。

じっさい、ドラマ版の月はデスノートの「how to use(使い方)」の英文を読むときに
辞書をひいています。

原作の月なら、辞書なんてひかなくても英語くらい読める。
でも、ドラマ版月は、英単語がわからない。



ドラマ版月には原作にはない「アイドルオタク」という設定もくわえられています。
月は「イチゴBERRY」というグループの弥海砂(あまねみさ・ミサミサ)のファンです。

原作では、ミサは同世代から圧倒的な支持を得るファッションリーダーでした。
売れはじめたばかりだけど、いずれCMの女王となりハリウッドにも進出する。

ところがドラマ版、「イチゴBERRY」のミサは、
どうも地下アイドル(※)っぽい。

※ マスメディアではなく、イベントやライブを中心に活動するインディーズアイドル。

ドラマ版ミサが歌うステージは、お客さんが100人もいなさそうな
ちいさな劇場、ライブハウスです。


原作の月はなんでもできて容姿端麗で、当然モテるのだけど、
ときには女の子の恋心でさえLとのかけひきに利用してしまう、冷酷な性格でした。

でもドラマ版月は、
インディーズ(?)アイドルのとりまきのひとり。



ちなみに、原作でもドラマでも月のお父さんの職業は、警察官。
改変はないのですが、演じるのは松重豊さん。
……どうしても「孤独のグルメ」を想いだしてしまう(笑)。


Lも天才探偵であることには変わりはないのですが。
日本のお笑いを愛好していたりして、なんだか庶民的。

原作のLなら、たとえお笑い好きだとしても、
何台ものモニターをずらーっと並べて、捜査会議とネタ番組とを同時に眺めそうなのですが。

ドラマ版のLは、会議の映像とお笑い番組とを
「画面を切り替えて」観ています。
情報を並列処理できないL。




 ゼロ年代とテン年代




まあ、「孤独のグルメ」は冗談としても、
ドラマ版はあきらかに意図的に、登場キャラクターのグレードを落としている。
これは、なんなんだろう……と考えてみると、ひとつの仮説が浮かびあがります。


漫画「デスノート」が上梓されたのはゼロ年代(2000年代)。
ドラマ「デスノート」の放映はテン年代(2010年代)。


すでに時代の空気が変わっているので、
原作の設定をそのまま使うことに、制作陣が耐えられなかったのではないか。




いえ、制作サイドがどう考えているかはどうでもよくて。
ドラマ版デスノは時代を反映していると読めるよね……といったテクスト論(※)、カルスタ(カルチュラルスタディ)(※)的なお話です。

※ 作品を作者の意図を離れた自律的なものとして扱う態度。
※ 社会との連関のなかで文化を分析する方法。



ゼロ年代を語るうえで避けて通れない本が↑の
『ゼロ年代の想像力』

以前の記事(碇シンジは夜神月を止められない――宇野常寛『ゼロ年代の想像力』)で紹介した名著です。

本書はゼロ年代の想像力の空気を


サヴァイブ系、決断主義、バトルロワイヤル


という言葉で表現しています。
ざっくりと言うと……。



じぶんの信じる道を歩むため、絶えず行動する
じぶんが勝つために、絶えずまわりと戦い続ける。
対立する者や、じぶんの思想になびかない大衆も動員し、じぶんの正義を貫く。



……そんな感じ。


まさに漫画版の夜神月の行動様式そのまんま。

ゼロ年代ならこれでよかった。
でも、テン年代半ばにさしかかった今。

<決断し、戦い続ける強い私>は、メディアに乗せるには耐えられない”想像力”になってしまっているのではないか。


もちろん、原作が素晴らしすぎるので、忠実にドラマ化しても
面白い作品にはなると思います。

でも、それだと
”今のリアル”とはかけ離れてしまうのではないか。



「勝ち組・負け組」という言葉が登場してひさしい昨今。
みんなが勝ち組になれるわけではないことは、もう自明となってしまった。

さらに。
いわゆる「勝ち組」になれたとしても、
それが「幸せ」と直接結びつくわけではないことが、露呈してしまっている。

あらゆるメディアが、この時代の不条理さに言及しています。



心理カウンセラーは、
「がんばっても報われないあなた」がたくさんいることを示し……




お笑い芸人は、
叶わない夢を描き……




以前の記事(常見陽平『「意識高い系」という病』を読んで”つながりの社会性”について考える。)で紹介したように、

自己啓発にのめりこんで努力と成長を重ねるビジネスパーソンや学生は、
「意識高い系」とカテゴライズされ……




以前の記事(マツコ・デラックスの文章がおいしくて、中村うさぎの自分探しが身につまされる1冊〜吾妻ひでお・菜摘ひかるについて)でお話したとおり、

エッセイストは、
果てのない自分探しがけっして<私>を満たしてくれないことを綴る……。





ミサの寿命が近づいていることを知ったとき、
ドラマ版の月はつぶやきます。

なんでうまく行かないんだよ……、と。


 ファッション誌「VERY」の方向転換



……なんだかちょっと暗いテーマになってきちゃってますが^^;
ここで、雑誌「VERY」の話をしたいと思います。
いきなりだな、おい(笑)。


えっと。
「VERY」はファッション雑誌。
ターゲットは、30〜40代の(既婚)女性かな。
スタイリッシュなママを志向する、すこしリッチな子育て世代。

この「VERY」が今年で創刊20周年を迎えました。
アニバーサリーを迎えるにあたって、編集部から読者へのメッセージが掲載されていました。
これがちょっと衝撃的だった。


ざっくりと意訳すると……。



「VERY」は、ファッションもメイクもキラキラ輝いて
スタイリッシュなモデルさんやライフスタイルがたくさん載っている。

これを”重たい”と感じる読者もいるかもしれません。

そんなにいつもキラキラできるわけじゃない。
私、そんなに頑張れない、って。


でも、それでいいんだよ。
いつもじゃなくたって、日常のなかでふとした瞬間に
オシャレを楽しんで、新鮮な気持ちになれれば、それって素敵なことだよね。


……みたいな。
引用ではなく意訳です!
(※ 詳しく知りたい方は↓2015年7月号の巻頭「20年目のVERYを手にしてくれたあなたへ。」というページをご参照ください)




「VERY」でさえ、みずからが提案してきたスタイルに無理があることに言及せざるを得ないんですね。
キラキラを強要していることに無自覚なフリはできなくなってる。

最近の「VERY」は、
「そんなに力まなくてへいきだよ」と先回りして、「頑張らないスタイル」に舵を切っています。
ユニクロとかZARAとか、いっぱい載ってます。


「頑張る<私>」には共感できない。そんな時代。


 この月は死なない? 〜消極的選択としての「連帯」〜


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むくわれなくて当然。そんな社会を反映するように、
月は難関校に合格することはできなかったし、
ミサもトップアイドルにはなれていない。


決断し生き残る私=頑張って戦う私、がリアリティを持たなくなりつつある空気感のなか。
やけに庶民的なドラマ版「デスノート」が描こうとしているのは、何か?


※ ここから先は、原作を読んでいない方にはネタバレになってしまうので、ご注意ください ※



大胆に予想してしまうと。
私は「ドラマ版の月は死なない」んじゃないかと思っています。

原作では月はLの後継者に追いつめられ、
死を迎えることになります。



この記事を書いているのは、第2話放送直後ですが、
ドラマ版の月は、はやくもLにシッポをつかまれています。

「お前がキラだろう」とほぼ断定されている。


おそらく今後は
2冊目のノートを得たミサの活躍で、捜査を攪乱していく展開になると思う。


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ドラマ版の月は、あまりにも頼りない。
Lとの頭脳バトルにひとりで立ちむかえるとはぜんぜん思えない設定です。


だからこそ、他のデスノートの所有者とのチームプレイで戦っていく形になるしかないだろうな、と。


そこで描かれるのは、原作のような「サヴァイブ」ではなく
「連帯」
です。



それはけっして、
漫画「ONE PIECE(ワンピース)」のような、立ち向かうための「仲間」ではなく。

消極的な選択として、
というより選択肢のないなかで、不可避の立ち居ふるまいとしての「連帯」。

どんなカタチだっていい。でも、
キミとつながってないと生きていけないょ……ってヤツです。





ラストには、月はデスノートを失う。
でも、生き続けていて。
「世界は変わらなかった」ことを確認する。

変わらない日常が戻ってきて、
「半径10メートルの範囲にあるかけがえのないもの」に手を伸ばして終わる、みたいな。
それこそ、友達とまた一緒にミサのライブに通う……みたいな。


「死のノート」を使ってしまった殺人鬼である月に、
希望を与えるエンディングでいいのか、という賛否両論はありそうだけど。



以上、ぜんぶ個人的な予想です。
以前の記事(未来は予測なんてできないし、売れてる本が良い本とはかぎらない)でお話したとおり、
予測は当たらないのがデフォルト(>_<)。




スクールカースト的な、生き残りの場としてのつながりではなく、
「絆」のような強い言葉でポジティブに盛りあがる関係性でもなく、
ありのままを包摂していく、サヴァイブしないカタチでの「連帯」。


……これが、時代の肌感覚になっていくんじゃないかな。


まとめると、そんな感じ。



ちなみに。

メロの顔が出ていなくて、声と人形で表現されているあたり、
ニア・メロ(Lの後継者たち)はドラマ版だと二重人格っぽいですよね。

とまたひとつ勝手な予測をしてみたところで……




ノーリスク・ハイリターンの投資は"読書"♪


あきか(@akika_a


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2014年01月17日

セミナーにハマる前に……

 
今日のなぞなぞ
「自己啓発セミナーにハマる前にすべきことは?」



セミナー好きのみなさま、こんにちは。
自己啓発、してますか?


今日紹介するのは、自己啓発本。
……といっても、自分を高めるための本ではなくて
自己啓発セミナー業界についてのルポタージュです。


記者・ジャーナリストである柿田さんが、体験や取材にもどづいて


人はなぜ
高額で長時間のセミナーに虜になるのか



を解き明かしていきます。


非日常、シェア、一体感
独特な造語、達成感、未達成感……など


多くのセミナーに共通する
のめりこませる仕掛けを暴いていく。

かなり面白いです。
どんなからくりで、人は対象にのめりこんでいくのかという視点で読めば、
セミナー業界にかかわらず、さまざまなビジネスの企画や広報にも応用できるかもしれません。
99年の本ですが、古さはまったく感じませんでした。



☆★☆




本書は新聞連載されていたこともあり、わりと”社会派”な内容です。
どちらかといえばセミナーに対する批判的な物言いが多い。
「セミナーを全否定するわけではないが……」と前置いてから


学生がセミナー合宿中に死亡した事件や
セミナーをきっかけとして精神疾患を発症してしまう参加者たち、
カリキュラムの一環として、受講者に勧誘活動を強要する団体などの例をひいて


その危険性に強く警鐘を鳴らしています。


おなじようなテーマの本としては、
塩谷智美さんの『マインド・レイプ』が有名ですね。





☆★☆




実は私自身、仕事などでいろいろなセミナーにお世話になった経験が多く。
まさに「いろいろなセミナーがあるなぁ」と肌で感じています。

なかには欺瞞に満ちたものもあれば、
これはすごい。本物だ! と思えるようなものもありました。


心やコミュニケーションを扱うものもあれば、
純粋にテクニカルな指導に終始している講義もあるので
すべてのセミナーをひと口に語ってしまうわけにはいかないのだけど、


セミナーに夢中になるあまり、借金を背負ったり
端から見れば”不幸に”なってしまう人たちがいるのは問題だ、と感じています。
(それでも、本人は”幸せ”と感じている場合があるので難しい……)


とはいえ、
私が危惧しているのはセミナーの存在それじたいではありません。

むしろ、
必要以上に過剰にのめりこんでしまうその人の”選択肢のなさ”

こそがヤバいんじゃないかな、と考えます。



☆★☆




ここには宗教なんかも含めてしまっていいと思うけど、
セミナーなどの”教義”はそれじたいがロジックとして「完璧」なので、
論理的に批判しにくいという性質があります。

ひとたびコミットしてしまうと、
どんな反対意見も通らない。
(だからこそ、カリキュラムとしての勧誘活動や献金も正当化できてしまう)


その「完璧さ」というのは、
数学に例えるとイメージしやすいと思います。


2進法の世界は2進法のなかで「閉じて」いるので、
「1+1は2」だとどんなに言っても
2進法の人には1+1は10でしかないわけです。

それぞれのロジックのなかでは、
それぞれが”正しい”。

だから反論は通らない。



☆★☆




じゃあどうするのか。
その人が2進法も3進法も10進法も選べるようになっていればいい、と私は思います。

ひとつのセミナーに過剰にのめりこむ前に、
世のなかには様々な価値観、考え方があることを知っておく。

そうして100の”教義”を学んだあとに、
特定のひとつを選ぶのなら、それはそれである種の選択だと思います。



じゃあ、見聞を広めるためにどうするのか。
もうお気づきだと思います。
そのためには……



みんな、たくさん
本読もうよぉ☆(*´∇`*)ミ☆




と、今回もそういう話になるのですが(笑)。



実をいうと、自己啓発セミナーや自己啓発系の本の多くは
かなりの部分に「アドラー心理学」の応用が入っています。




以前の記事(読書家5氏(伊藤真・本田直之・勝間和代・土井英司・和田裕美)の厳選オススメ本)でも、
和田裕美さんが「もっとも読み返した本」として挙げていたアドラー。

自己啓発に親しんでいる人が読んだら、驚くと思います。
「知ってる話ばっかりじゃん!」って。


セミナーに行く前に、
アドラーくらいは読んでほしい。

もっと極端なことを言えば、


セミナーに行く前に自己啓発書を100冊読め!



そうすれば、徹底的に相対化できるはず。
複眼でものを見て、スマートに生きてこうぜ! というわけです♪



そんなこんなで。
今日もシメの言葉は……



ノーリスク・ハイリターンの投資は"読書"♪


あきか(@akika_a


【関連記事】

読書家5氏(伊藤真・本田直之・勝間和代・土井英司・和田裕美)の厳選オススメ本
徹夜本見つけました――新堂冬樹『カリスマ』〜あわせて読みたい「カルト宗教」本






 
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2014年01月08日

(対談企画)"視聴者様"じゃいられない!――アマチュア・クリエイターの希望と憂鬱

 
今日のなぞなぞ
「アマチュア・クリエイターは何を想うか」




新春企画として、当ブログ初の対談記事をお送りします。

参加者は、様々なジャンルで活動しているクリエイターさん達。
ちょうど昨年の今日、スカイプチャットで集まったときの模様です。
ログを編集し、対談原稿にまとめました。

とっかかりとして提示したのが、ニコニコ動画に関するお話だったためか
ニコニコ界隈の話題が多め。
アマチュア・クリエイターの”今”の「想い」がぎゅっと詰まった座談会になっています。


新たな年の幕開けに。
ホットでクールな対談をどうぞ♪


なお、
・参加者の名前はすべて仮名です(みなそれぞれハンドルネームを持っていますが、今回は匿名で統一しました)。
・(※)内の注釈は私が付け加えたものです。


☆☆☆☆☆☆(以下、対談)☆☆☆☆☆☆☆

<座談会企画>だべりば! - dub-e-liberty -

"視聴者様"じゃいられない!
――アマチュア・クリエイターの希望と憂鬱――





  ――2013年1月8日。Skype会議チャットに7名の人物の姿があった。
  これは彼らの、ゆるく、尖った、「だべり」の記録である――……。





  ▼はじめに▼



芥川: 今日はお忙しいなか、「だべりば!」に参加していただきありがとうございます。誰も来なかったらどうしよう……と思ってたけど、ちょうどいい感じの人数が集まってほっとしてます。

お集まりのみなさんは、それぞれのフィールドで<ものづくり>に励んでいる方々。「"視聴者様"じゃいられない! ――アマチュア・クリエイターの希望と憂鬱――」というテーマで、ざっくばらんに語りあっていく予定です。

本題にはいる前に、まずは自己紹介をお願いします。(名前・活動分野・発表媒体・ひと言など)



  ▼自己紹介▼



芥川: 芥川。小説書いています。媒体は同人誌、ウェブ同人誌、携帯小説サイト、電子書籍、公募など。それから、書評ブログを運営ちゅう。最近は撮った写真をソーシャル上に流したりもしています。

夏目: 夏目。小説&作曲を趣味でやったりやらなかったり。永遠の17歳。

本田: 本田です。主にニコニコ動画、生放送、USTREAMなどでDJと作曲をしております。リアルイベントにもちょこちょこ出させていただいています。テクノが大好きな東京三鷹市在住の絶滅危惧種です。

川端: 川端です。自分も少々小説を書いたり消したりしてます。夏目から誘われたのをきっかけに参加させていただきました。

高橋: 高橋です。夏目氏とは前からの知り合いです。クリエイターではないのですが、即売会スタッフやってたりアーケードゲームを保存している団体に噛んでたりします。

杉山: 俗にchiptune(チップチューン)と呼ばれている音楽ジャンルで、ファミコンを使った音楽を展開しています。概ねゲーム等のカバー楽曲のファミコン用音楽データの作成を主としていますが、オリジナルもたまぁにやります。ついでに最近はイベントなんかもやらかしています。

森: 趣味で小説と同人ゲームのシナリオを書いてる森といいます。今日はよろしくお願いします。



  ▼「何者」とはなにか▼



芥川: では本題。企画書を見てくれたひとには重複になっちゃうけど。↓のふたつの記事を読んだのがこの企画のはじまりです。

1.ニコニコブロマガ一般開放と「何者かになりたい人たち」の時代(アクトゼロ ソーシャルメディアチーム) - BLOGOS(ブロゴス)
http://blogos.com/article/52733/
2."消費の時代"から"生産の時代"へ - ガジェット通信
http://getnews.jp/archives/269813

1は、「何者か(有名)になりたいひとに課金する」というニコニコのビジネスモデルの分析。
2は、消費でなく「かっこよく生産(クリエイト)する」のが重視される時代になった、という指摘。

1のように「何者かになりたい(けどなれない)人たち」とまとめて括られることには抵抗をおぼえるのが、我々じゃないかな。オリジナルのコンテンツを持っている時点で、すでに私たちは「何者か」であるはずだし、ドラクエ7のキャッチコピーじゃないけど、「人は誰かになれる」♪

プロとアマの境がかぎりなく薄いこの時代、お金を払う側か受け取る側かというのは、創作物のオリジナリティやクオリティとはまた別の問題のような気もする。
個人的には「何者かどうか」なんて問うことなく、2のように「かっこよく生産(クリエイト)する」というスタイルに共感するのだけど。
でも、「何者でもない」現状をそれなりに打破したいと強く願ってることも決して否定できないわけで。

そこで、収益関係なく(むしろ経費をかけて)フリー(無料)で<創作物>を発信しているみなさんと、「(無償で)コンテンツを発信すること」にいて色々語ってみたいと考えた。

まとまらないまま、とりあえず投げるけど。ふたつの記事読んでみて、どう思った?

本田: 何かになれるって言うか、もともと何かだった人が多いのでは? と思いました。

夏目: 気づいたらこんなんになってた。

芥川: 「もともと何かだった」っていうのは、すでに発表できるコンテンツをもってたという意味?

本田: 発表の場は無くてもという意味ですね〜。

高橋: 生産というよりかは発表する敷居が下がった、につきるのかなと。

杉山: IP(※インターネット・プロトコル)という仕組みが、一般への間口を極めて大きく広げた結果の代表例、それが例えばニコニコであったりpixivであったり。特にニコニコの登場によって、「誰でも簡単にクリエイトする環境が整ってきた」。

夏目: ネットが一般化した時には、ネット自体が同人イベントみたいなもんだったよなぁ。

芥川: 敷居がさがった、っていうのは2の記事の指摘でもあるよね。

杉山: そういや、IP以前のいわゆる「パソコン通信」からネットワークにかんでる方ってどれくらいらっしゃいます?

芥川: パソ通時代は私は知らない。

高橋: 本格的な通信はやはりインターネットからですね。周りにはみかか破産(※「みかか」はNTTの隠語。電話回線を通じてネットワークに接続していた時代、通話料金の負担がものすごく増え、支払えなくなる人が続出した)する人がよく見かけられましたが。

杉山: アタシは、しょっちゅう親父にどやされていました。 <草ネット時代

森: ピクシブとかニコ動によって、誰でも何者か。にはなれる表現の場は広がったと思うけど。クオリティがないと、本当の意味で何者として認められるわけではないのかなーと。

高橋: 発表に必要なコストが極端に下がったのです。それに従って間口は広くなりサービスも増え、サービスが増えることでさらに間口が広がる、と。

杉山: そう。その間口が広がりました。じゃあ次のステップというか、壁があって、ソレが森さんのおっしゃる、「結局すげえやつじゃないとPV(※ページビュー)稼げねえじゃん」という壁ができてきた、って状況ですよね。

芥川: 「PV稼げるすげぇやつ」っていうのが1の記事のいう「何者」なわけだよね。

杉山: なんというか、そういう「実はすごいやつがたくさん潜んでいる」ってのをすくいあげる事の出来る環境、であったりしますね、ニコ動なんかは。

高橋: ニコ動のおかげで俗にいう「野生の〜」(※プロと比べても遜色のない作品やクリエイター)ってのに脚光が当たりやすくなったわけで。

森: 客層が乱雑に乱立してるのも、現状として色々な弊害があるのかなとも思うんですよね。

もちろん、それは広く人に知られるといういい意味もあるし、例えば、喧嘩だ露出だっていうような生主(※生放送の配信者)さんまでそういう「何者」に数えだしちゃうと、そこに1000人閲覧者がいたら、じゃあその人は「何者」と認められてるのか。と僕は思ってしまうわけです。

芥川: 炎上マーケティングだ。それはたしかに「何者」に数えたくない気がする。でも、閲覧者の数って気になるところではあるよね。

杉山: ひとつ大事なことがあって、今のニコ動が規模が大きくなりすぎた割に、レギュレーション(※決まりごと・ルール)がぶっちゃけ単一。黎明期のような「希望に胸を膨らませ」的な空気が薄くなってきちゃった。

芥川: たしかに。黎明期の雰囲気はないかもね。誰もが日常の延長で創作&発表できちゃう時代。

夏目: 難しいのが、良いモノは結構沢山埋もれてても、拾い出す人が居ない現状。人増えすぎたんだよなぁ、単純に。

杉山: 多分、(ユーザーが)増えたらどうしようかな的な部分までは考慮されてなかった、というか。

森: 良いものをすくい出すのは確かに今は難しいかもですね。ニコ動とかも規模が大きいし、難しいのはなんとなくわかる。でも、例えば音楽とかお絵かきもそうだけど。すぐにダイレクトにコメントもらえる。という部分ではニコ動とかは良い環境なのだろうなーとは思います。

本田: 「人の反応が距離時間問わず得られる」のは、今までになかったコンテンツですよね。

高橋: 伝える途中でバイアスがかからないでエンドまで届くってのが良くもあり悪くもあり。

芥川: ダイレクトにコメントというのは、まさに本田氏のDJなんかはリアルタイムなリアクションもらえるよね。

本田: 昔はそれに感動してインターネットが躍進しましたが、今はそれにも慣れてきてるのが現状ですかね。純粋にDJ中のコメントはダイレクトに嬉しかったり、恥ずかしかったりします。ニコは匿名だから真摯に受け止めます。

夏目: コミュをうまく回してる人で、匿名コメントにこだわって、誰が誰という馴れあいを防いでいる生主さんも居るよ。

杉山: インターネットは「特殊」から「生活」になりました、と。

芥川: 「バーチャルリアル」から「拡張現実」へ、というのは社会学なんかでも指摘されてる時代性ですわ。

杉山: DJとか、ライブとかってやってる側って、お客さんの顔色、テンション、もんのすごく気になるんだよね。「楽しんでもらえてるんかなあ」的な。



  ▼”視聴者様”は帰るな!▼



芥川: 本田氏から「匿名の意見を真摯に受け止める」っていう発言があったけど、ニコニコ界隈の「視聴者様は帰れ!」という言葉、どう思う? 2の記事にさ、批判的な意見が言いづらい世になったっていうのがあったけど。

高橋: nicoにかぎらずお客様、視聴者様、読者様ってのはどうしても嫌われるねぇ。

杉山: そういえばさ、コミケ前後って「お客様、じゃない。参加者だ!」ってツイートがよく回る。

本田: コミケは人と人が面と向かうので参加者というスタンスでいいと思います。

杉山: その「視聴者様は帰れ」ってのは主の言葉なのか、視聴者の言葉なのか、これ、どっちかで、かなり違いますね。……コメントで「視聴者様は帰れ!」ってハナシか。

本田: 視聴者様は帰れ! ……すごくもったいない言葉だと思いますね。どんな言葉でも匿名で出たコメントはかなり本心に近い言葉だと思います。たとえ的はずれなコメントでも「なぜこの人はこういうコメントを残したんだろう」と考えると、色々改善できる機会が増えると思います。

芥川: 本田はすごく謙虚だ〜。

夏目: 本田氏のとこは、人柄もあって、いい人達集まってるよねぇ。

本田: 良い方に恵まれてます。

高橋: 「視聴者」と「視聴者様」には大きい壁があると思っているけどなぁ?

芥川: 「様」がつくときはエラソーなひとたちを指すものね。

夏目: 濃い人も居るから、そのコメを見て、荒らそうと思って来ても去っていく感じだよね。

森: 批判的な意見が言いにくいってのは、前に夏目氏と言ってた事にもつながりそう。その人の好きな事とかに批判的な意見を言うと、それが自分自身が存在否定されたように感じる人が多いっていうような話をこの間してた。

夏目: 似たような技術レベルの人間が集まって、技術は平均化するけど、そこで止まってしまう……という話もあった。

杉山: ワレワレがこんなことをいうのも正直アレな気もするんですが、視聴者の質が低下してるという事実はありますよね。主としてはソレについて、表でどうこうってことはないんですけど、まあ、なんというか、「もうちょいと広く持とうぜ」とは思っちゃう。

川端: コンビニとかでもそうだと思うんだけど、「見ている」というより「見てやってる」と思うようになった人は多くなったと思う。

芥川: モンスターペアレントにも通じるね。

本田: 僕は放送してて思ったのは、「荒らしでも視聴者様」ってことですかね。コメがないよりずっといい。

杉山: おもしろい事実もあって、そういう荒れたコメントが出てくる場合は大体、コメント全体にいいコメントが潜んでるものです。 なので、ある種のエンブレムのようなものだ、とウチは思ってます。「ああ、罵倒されるようになったか(笑)」的な。結局、いろんな人がいるので、荒らしだけで終始完了してしまうコンテンツは、そもそも有名でない限り、まずありえないです。

高橋: 荒らしコメが出る動画はいい動画だっていう名言があるくらいですし。

杉山: そうそう。

森: 確かに。

夏目: (主が自分の動画が伸びないから自分で荒らしてる説)

杉山: それは正直チートだと思っちゃうかな。ただ、手段としてはアリかとはおもいます。ある種の営業戦略として。

高橋: 一時期自作自演騒動なんてのがありましたなぁ……(遠い目)。

芥川: 本田・杉山は「視聴者様」のリアクションもある意味歓迎してる感じなのね。

本田: ですねー。

杉山: 歓迎、というか、否定も歓迎もしないけど、指標としての解釈かなあ。



  ▼「馴れあい」は是か非か▼



芥川: ↑の、森・夏目の「作者の存在否定」の話、もうちょい詳しく。

夏目: 作者を否定ではなく、作者同士が仲間を見つけたことによって安心して、馴れあっちゃう的な。

本田: 堕サークル的な?

杉山: その空気感を嫌うクラスタはありますねえ。ウチは歓迎なんだけど。 

夏目: チプチュンクラスタは、割と樹齢みたいな感じで年季の入った人が多いから、基礎ができてんのよね。

杉山: というか、チップチューンが、そもそもどこで生き延びているかってと、表のクラスタもあるにはありますけど、 国内じゃもとをただせば実は2ちゃんねるなんですよね。

夏目: だねぇ。

杉山: その結果が、表のイベントとかそういうところにつながってるので、その「馴れあってん(じゃねえよ)な」的な空気をスレで感じることは、ぶっちゃけしょっちゅうです。

馴れあいって、そのコミュニティ・クラスタが前進する要因の一つだと思ってるのよね。馴れあいから派生して、面白いコンテンツが出来たりする可能性って極めて高いわけで。そこを潰すかよ、おまいら。的な。

芥川: 一歩気をゆるめれば馴れあい=堕サークル的、になる。そこでとどまりたくないというのがクリエイターとしての本音だと思うけど。

森: 馴れあっても、孤独にせっせとやってたとしても。まぁ、クオリティなんじゃないだろうかと。とも感じるんですが。あ、クォリティとかでなく楽しく集まって、まず何か創ろうというのを否定するわけではなくて。何かを楽しく創りたい。クオリティなんて二の次。それもいいと思うんですよ。

でも、それでたとえば飯を食いたい。食えなくても人にお金払ってほしい。とかだとそうはいかないじゃないですか。

杉山: そこにくると、ちょっとハナシがかわってくるかもしれませんね。 <生活

芥川: 森たんは創作にまつわるコミュニティよりも、作品そのものの質が一番大事という立場ね。

森: いや、そりゃ僕だって楽しいほうがいいよ!

高橋: コミュニティが固まると妙に高度化・ガラパゴス化して衰退してってしまうよなぁ……flashの時がいい例で。

川端: 馴れあいすぎた結果、「馴れあい>もの作り」になっちゃって、そのサークルが事実上無くなっちゃった、とかは経験あるなー。

芥川: 「馴れあい>もの作り」は小説教室とかでもよくある話。



  ▼「作品が大事」と迷いなく言えるかどうか▼



夏目: ニコ動アマチュア問題「○○手、○○してみた」について。

件の記事の「生産者」という言葉は広義的には当てはまるかもしれない。それは趣味の○○……町内会の趣味の○○と同義のアマチュア活動である。
誰が命名したのかは分からないが、「歌い手」という言い方が気に食わない。「アマチュア歌手」で何故いけないのか? 「歌手なんでしょ? 問題」に通じるモノがある。つまり「○○手」は「俺、歌手じゃないから歌下手だけど文句ある?」という免罪符の意味合いが強いように感じる。

物議を醸すし炎上するからアレだけど、ぶっちゃけ、件の記事の目の付け所は良いけど、果たして全ての人が「生産者」たりえているのか? という部分。「生産者」にはピンからキリまであるわけど、ニコ動的な若い層を見ていて思うのは、「生産者」ではなく「せいさんしゃごっこ」のレベル。中には這い上がろうという人間も居るだろうけど大多数はスタイルでごっこ遊びをしているだけ。そこを間違えない方が良い。

「かっこよく生産する」=「かっこつけたいだけの人がごっこ遊びをしている」。こんなことしてる俺カッケー的な。モテたくてバンドを始める人間に似ているね。

つまり何を言いたいのかって言うと、本気で目指している若者を「○○手」と括られてしまう危険性。これにつきる。

杉山: これはかなり核心ついてる。歌い手とか、そういうくくりの他にすっげえ分かりやすいのがありますよ。そうです。ボカロP(※ボーカロイドを使った音楽の作成者、プロデューサー)です。これも含めていいと思う。上の発言に。

高橋: 実際『歌い手』と称される人、及びそこに群がる人々の対処には困りました。

杉山: うわー。それこそボカロPに置き換えられる。 >高橋さん

高橋: M3(※Music+Media-Mix Market。音系の同人即売会)だとPiO(※大田区産業プラザ)の時は良かったけど、TRC(※東京流通センター)になってひどくなって、ここ最近やっと落ち着いてきた感が。 <歌い手

杉山: なんだろ、馴れあいも結局馴れあいの中の制御の問題なんだろうね。でもやっぱ、分かりやすいところがあって、その馴れあいの中で「どっちが大事?」ってことを聞いた時に「そりゃ作品っすよ」ってはっきりいえるかどうか、ここじゃないかしら。

森: 凄くわかる。

夏目: 俺は打ち込みも小説も(ひとり)ぼっちでやってきたからさぁ、いつも比べるのがプロ作家・作曲家の作品だったから、(音楽はアレだけど)文章が上達できたって部分があるんで。

芥川: 「作品が大事」と迷いなく言えるかどうかが、「ごっこ」か「生産者」かを分けるという感じかな。



 ▼お金をもらわなくてもちゃんとやる!▼



本田: すごく下世話な話になるかもしれませんが、そこにお金が関わるかどうかで意識は少し変わるかと思いました。

芥川: それじゃ、先ほどからちらちらと出ている「生活」のお話に行こうか。

夏目: 金でダメになるサークルもある……。

森: でも、お金をもらわないとちゃんとできない奴は、何ももらわない時もちゃんとやれない。と昔先輩に言われた事がありますね。

杉山: うわあいいことを言う! それ、ほんっとにそのとおりだと思います。

夏目: 同意。

川端: これはそのとおりだろうなぁ。

杉山: ただただ、難しいところなんですよ。 完全なプロだった場合は、金もらわないとやらんよーって意見はごくあたりまえなんですよね。

森: 僕は、この言葉は凄くその通りだと思って。誰に見せるわけでない作品でも、ちゃんとクオリティを考えて。もし、誰かが見る時がきても恥ずかしくないものを創ろうと思いましたね。

本田: 僕、前にお金をもらって曲を売ったことがあって、同じ曲を他の人にタダであげようとしたら「お金を出してくれた方に失礼だよ」と先輩クリエイターさんに言われました。

杉山: それはそのとおりだと思います。だから「ちゃんと俺も出すよ」って言ってもらえたんじゃないかしら。その人は大事にしたほうがいいです。

本田: 公平、不公平の次元からさらにもう少し見て、物に価値を見出してリスクを払ってくれる人がいることに感謝するってことを教わった気がします。どうあがいても、無料はノーリスクで、無責任になります。けど、そこにもしかしたら価値がある場合もある。

高橋: タダだから手を抜いている人って結局普通の仕事でもどこか手を抜いているんじゃないかと思ってしまう節がなきにしもあらず。

杉山: それはあると思いますよ。

芥川: ちなみに、私は電子書籍で「販売」されている作品があるんだけど、(同じ作品が)携帯小説サイトに行けば無料で読めるっていうものがある。出版社が電子書籍化したんだけど、どうなのと思った。

杉山: ええと、Web通販とか、DL販売とか、その辺のハナシは根底からいろいろ覆るから、今詰めないほうがいいと思う。一つだけいうならば、○○○、○○(※伏せ字にて自粛)お前ら考えろアホ、ってところで(笑)。

夏目: まぁ、いえるのはさ、創作に対して、どう向き合ってるかって部分だよね。

杉山: ですよね!

芥川: 話もどすと、お金もらってもフリー(無料)でも、本気でつくる! っていうのが我々の方向性だろうけど。

杉山: そうですね! 同人とかってそういう世界。

芥川: ぶっちゃけ、うちらはそもそも、なにが楽しくて無償でいろんなコンテンツ提供してるんだろう。ってとこに葛藤ない? 「何者にもなれない」的な。

夏目: いや、フリーに限界がと決め付けてる人達に一泡吹かせたい。横の繋がりがどんどんできていく、というのもメインだからね。「ナニモノかになりたい人達」……特になりたいと思ってやってるわけではないんだけどね。横の繋がりを広げていくというアイデアはそのままSNS(※ソーシャル・ネットワーキング・サービス)がそういう仕組みで目の前にあったから。

杉山: ちょっとおもしろい話があって。フリーで、自由に聞けるようなnsfって形式のファイルを自分は公開してたりするんだけど。webで普通にデータ置いてるんですけど、そういうのを使って、ライブやったりするじゃないですか。そうすると、中には「お前のCDどこでうってんの!?」というクラスタが現れる。非常に嬉しい話なんだけど、ええええ、いいの!? 的な。

森: なにが楽しくてってのは、自分が楽しい。っての抜きで?

芥川: 極論すればそれしかないんだけどね。

本田: 葛藤かぁ……。

森: 葛藤はないかなぁ……どっかの誰かが楽しんでくれるだろー。みたいな、漠然としたもんしかないかなぁ……。

高橋: 自分の煩悩を昇華させるための行為の一つが創作ですんで……。

森: 自分が楽しい。作品を見せて、文句言う人もいるかもしれないけど、楽しいって人もいるだろうし。そういうの、いいよねっていう。

芥川: 「リアクションがうれしい」「純粋に自分のため」「既存のものを超えたい」……そんなところかな。

川端: 自分も楽しめて、なおかつ見てくれた人も楽しめるのが一番いいんでしょうけど、なかなかそう上手くいかないですよね。

夏目: 俺自身の創作は、勿論人に読んでもらって楽しんで貰えるものを目指しているけど、それよりも重要なのは、自分の目指す壁をぶち壊すことにあるからなぁ。



  ▼「フリー(無償)」で生産するのがカッコいい!▼



芥川: とくに「無償で」っていうところにツッコむと。みなさん、プロとしてかなり忙しくなってきたとして、それでもフリーでなにかを発信することは続けたい?

杉山: ウチはそうありたいですね。というか、そういうクリエイターたくさんいます。

森: スケジュールという物理的に無理が出るならともかく、精神的にプロになったらそういうのやめる。ってのは僕はなんか嫌かな?  だって、プロにになっても、本気で遊びたいでしょう、やっぱ。

本田: 無償で行きたいですね〜。いけるところまで。

芥川: おー♪ みこんだとおりの人たちだ。なんか嬉しい。

本田: 「好きなことを仕事にするってことは、好きな事を好きにできなくするってことだ」と何かの漫画で読みました。

高橋: 仕事だと色々なしがらみがあってどうしても、ねぇ?

川端: 自分も続けたいかな。やっぱり創作するなら多くの人に見てもらいたいし、同時にそれってすごくかっこいいんじゃないかと思います。

杉山: なんというか、ポイントはそう、「楽しむ要素を忘れないこと=無償の楽しみを作れるかどうか」だと思います。これが「金ださねーならやらんぜ」とはなりたくないっすね。つまんねえ。そんなの。

芥川: お。川端氏から今さらっと重要な発言が。フリーでも発信するほうが「すごくかっこいい」って。「金ださなきゃやらねー」はつまんねえ……杉山氏も呼応したね。

森: 仕事はお金がからむけど。趣味だったり、遊ぶってのはお金かかっても自分が楽しむって事だしと、僕はおもっています。無償どころか、お金かかっても僕ぁやるよ!

夏目: 俺はオリジナルばっかり書いてて二次創作もやったことなかった頃に、偶然でシナリオのお声がかかったんだけども、他人の世界観を「仕事で」書くのってすげぇ大変だったというか、死んだ。

芥川: 生産者としてのカッコよさって、仕事とか関係なしに追究するものがあって、実際作品に向かいあっている、っていう絵がありそうね。

杉山: カッコいい、のカタチってのがまあ、いろいろあるわけですけど、俺がとりたいカッコいいのカタチの一つは、仮にプロってたとしても、バカは忘れない、これかな。もっとも、プロになるつもりはない(縛られるのがちょっと嫌かも)んですけど。

夏目: なるほど。よいではないか、よいではないか。

森: まったく。良い事いわはる。

夏目: 俺は完全に仕事でやるのに不向きだと悟ったんだよなぁ……。 筆遅いし。

杉山: 俺もオリジナル曲となるとほんとに手が遅いよ。

本田: プロになれるよ……この言葉にあまり魅力を感じなくなってしまった。

夏目: 旨みが減ったかもなぁ。

森: これ、今のタイミングで言う事かどうかわからないんだけど。今の世の中プロである必要があるのかな?

杉山: 変換したらいいんじゃないかしら。プロになるってのは「それで飯くう」ってことだから、変換するなら「飯食えるくらいすげえんだぜ」って。そう解釈すりゃええんちゃうかしら。

森: ああ、そういう意味ですか。了解ですです。

芥川: あと、もうひとつ「カッコいい生産者」の条件としては……つくるもののクオリティが低くちゃしょうがない。さっきの「ごっこ遊び」程度じゃ、正直かっこわるいもんな。

杉山: ああそうそうそう。ソレ大事。

森: ごっこ遊びは正直すぐできちゃうし……。

本田: 逆にプロでもない人が時間と労力かけてすごいものを出してる時「かっけえ!」って思います。

杉山: さっきボカロPって言葉を結構執拗にだしてたとおもうんだけど、俺。これ理由があってねえ。ボカロ曲のいわゆる調教、P名ついてて極端にてっきとーーーーーーーなのが多いんだわこれが。

いやね、それがいい!! ってやってるんなら止めはしないんだけどね……。どう見ても「ベタ打ち」(※歌声らしさを出さず、音階を打ち込んで歌わせただけの曲)って状態で、まぁ、聴けば分かるよね……しかも、コンプ(※音量調整)もEQ(※イコライザー)もかけてないで、P名ですよ。

周りがP名を言うならまだいいけど、投コメで、自分でP名名乗ってる場合にそういうのを聞くとちょっとげんなり来るんですよね……(やべえ、ただの愚痴になってきた)。

夏目: Pに憧れたルーキーだと思えば……。



  ▼おわりに▼



芥川: なるほど。それ聴いて、もういっこテーマを提示したいんだけど。そろそろ90分になりました。1回シメて延長戦いくかな。それじゃ、いったん。本日は参加ありがとうございました。

川端: こうしてみなさんの話聞くだけで色々と勉強になっちゃって、あんまり発言できなくて申し訳なかったです。お疲れ様でした。

森: 凄く面白い繋がりができたと思います。こういうのを定期的にやりたいね。何者にもなれない僕達が、何者かを望む誰かの何かになれる日が、いつか来るといいな。

本田: 僕、今日ボイスチャットするのかと思ってちょっと緊張してました(笑)。

杉山: 今回のようなのを、居酒屋でやりたいですな。このメンツでコラボったら面白いかも。

夏目: ワシが声かけたメンバーだから、面白いのは言うまでもない!

高橋: じゃあ、シメは雑炊で。



  ――以後も話は尽きず、深夜までトークが続くのであった。



(対談日時:2013年1月8日22:30〜24:00 Skype会議チャットにて)




【だべりば! - dub-e-liberty - 】
dub → 音・声をダビング。音楽ジャンルの一。無器用者というスラング。
e → 電子。インターネットのなかの情報。
liberty → フリートーク。スタイルとしての"自由"。



企画・コーディネート:姉崎あきか



【関連リンク】

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