2011年11月14日

オリジナルのない世界――ネット上の拡散文化と”シミュラークル”

 
今日のなぞなぞ
「ウェブ上の情報は、"ウェブ上でも"発信元が特定できない!?」



ある真面目な大学生が作った、ひと綴りの授業ノート。
講義にあんまり出席してないなかったあなたは、そのノートをコピー機で複製しました。

すると、「俺にもそのノートくれ!」と言うひとがあなたの周りにあふれ。
コピーのコピーのコピーのコピーがキャンパス内にどんどん増えていき……。


x君「ところで、このノート作ったのって誰よ?」
y君「さあ、わからんw」


という状態。



フランスのポストモダン思想家ボードリヤール(Jean Baudrillard)は、
こんなふうな"オリジナルなきコピー"にあふれた現代社会を、
「シミュラークル(simulacre)」という概念を提示して分析しました。


これは、単純な複製という意味に限られるわけでなく。
工業製品やブランド、サービス、コンテンツなど、

あの新キャラクターどっかで見たことある感じだよな〜、とか
この物語、なんとなく読んだ憶えがあるパターンだ!


……というのもぜんぶ「シミュラークル」。


主人公がママ母にいじめられる映画を観たとき、
もう誰も「継子虐め譚」の初期の初期である『落窪物語』を、意識しないわけですね。
せいぜい野島伸司さん脚本のドラマ「家なき子」(同情するなら金をくれ!)を想い出すくらい。


シミュラークル。

映画「マトリックス(The Matrix)」のモチーフにもなった、
ポストモダン、現代思想の概念です。






 その写真、私が撮ったヤツじゃない


で。

なんで、いきなりボードリヤールの話をしたのかっていうと……。


先日、私が撮ったわけじゃない写真を、
あたかも私が撮影したかのように配信されてしまった。


という経験をしたからです。


simulacre.jpg


こんな感じに。


↑上のスクリーンショットは、ある方が「paper.li」というネット新聞発行サービスを利用して作成した
日刊新聞の一部分です。


2枚の写真の下に出ているちいさな画像は、
私がツイッター(ミニブログサービス)で使っているアイコン。


右側の写真は私が撮ったもので間違いない。

でも、左側のは私の作品じゃないんです。



最初に Detroit Free Press という海外のウェブサイトさんが、
Google+(SNSサービス)で投稿したフォト。



それを私がいいなと思って、
コメントをつけてGoogle+で最共有(シェア)。
(ツイッターでいうリツイートのような感じですね)



私は「Start G+」というアドオン(ブラウザ拡張機能)使っているので、
Google+での投稿が自動的にtwitterとFacebookに流れます。



ツイッターから私の発言を"収集"した方が、
「paper.li」でその写真を、私のアイコンをつけて配信してしまった。

(発刊者の勘違いではなくて、「paper.li」はそういうシステムになっているので、
自動的にこのアイコンが選ばれてしまう)


という流れ。



辿って調べてみたら、
実はこの作品は Tyree Guyton さんというデトロイト在住のアーティストが制作したもののようで。
Detroit Free Press はサイト上でその写真を掲載し、Google+にふたたび投稿したという感じでした。

Detroit Free Press さんもオリジナルではなかったんですね。


こうなってくるとネット新聞「paper.li」で作品を観た方が
Tyree Guyton さんを特定するのは、ほんとに困難
になってきます。


リンクの拡散であれば、リンク先に"オリジナル記事"があるわけですが、
写真だとこうなっちゃうんですね……。


あ。
もちろん、その日刊新聞の配信者さんを責める意図で書いてるわけじゃないですよ〜。
(いつも取りあげてくださってありがとうございます、みっちゃんさん♪)

 拡散文化とシミュラークル


ボードリヤールがいう「シミュラークル」は、

"模倣された別物"

という意味合いが強かった。
そこには「だんだん劣化していく」という皮肉も多少なりともこめられていたと思います。


いちばん最初に挙げたコピーノートの例でも、
コピー機で複写している限りは、だんだんノイズがまじって品質は落ちていくわけです。


でも、
いまインターネット、とくにソーシャルメディア上で顕著に"拡散"していく情報は、
模造品や引用などではなく、データそのもの


ほとんど劣化しない


わけです。
(画像や動画、音楽ファイルについては、サイズが落とされるというケースもあるかもしれませんが)



以前の記事(書評ブログは矛盾している――フリービジネスとブログのあいまいな関係)で取り上げた、



という本には、


「情報はフリー(無料)になりたがる」


ということが書かれていました。


IT化する社会で情報(データ)がフリーに拡散していく、
その先にあるのは、何か。


 情報社会は"情報そのもの"を劣化させる



情報拡散文化によってシミュラークル的に劣化していくのは、
"情報そのもの"である。



ネット時代になってもボードリヤール先生はやっぱり健在で。

拡散(コピー)されて自由に増殖していく情報についても、
「シミュラークル」という概念がちゃんとあてはまるんじゃん、と思うわけです。


ある作品を最初に作ったのは誰か?

……そんな情報がどんどんなくなっていってしまう
んですね。



ソーシャルメディアのスペシャリストでもある、
ジャーナリストの津田大介さん。

彼が「著作権」に関することをずっと自分の活動フィールドにしているのも、
このへんの問題意識があるんじゃないかな〜、と勝手に想像しています。



というわけで。

ツイッターのリツイートなど、
ソーシャルメディアで情報を拡散するときは

オリジナルは誰なのかな?


ってちょっとだけでも考えてみるといいのかな、と思う今日この頃。
(私も拡散好きなので、自戒も含めて^^;)



そんなこんなで。

ノーリスク・ハイリターンの投資は"読書"♪


あきか(@akika_a


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カテゴリ:ネット・情報リテラシー





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